Mar
21
2009
全国民の皆さんへ
私達は今、地球的規模での価値観の見直しが迫られています。
投資家の竹田和平さんが世界を変えようとしています。
竹田和平さんは百社以上の公開会社の大株主を務める日本一の大投資家であり、
その社会的影響力は絶大です。
その和平さんが平和を実現しようとしているのです。
その竹田和平さん主催の下、
来る3月24日、お菓子の城にて貯徳経営問答体験会を開催いたします。
つきましては下記の通りご案内申し上げます。
記
日時 平成21年3月24日(火) 午後13時 開始
場所 ありがとうのテーマパークお菓子の城 大様の部屋(定員200名)
資格 20歳以上の成人
会費 3500円(お振込または当日支払)
申込 貯徳問答舎 事務局HP http://www.mondoujuku.net/sya_taiken.html
案内状 http://www.kirinji.com/file/08mar24.pdf

Mar
05
2009
孔子の唱導した徳治主義、プラトンの思索した哲人政治など、
洋の東西を問わず、広く万人の悟性を育み、麗しき徳の世を拓くことは人類永年の夢である。
今日、我々が享受している自由と平和の恵沢は、
幾千万もの先人達による自由獲得の尊い犠牲の上にある。
子々孫々に伝うべき先人の遺志を受け継ぎ、
この地上に一層大きな自由と、絶えることのない恒久平和を実現することは、
平和を愛する全ての地球市民の共通の願いである。
しかし、今広くこの人類社会を顧みるに、
我々の未来は、大きな希望と共に有史未曾有の危機に直面している。
現代人類の営みは、地球規模での環境破壊や種の絶滅を引き起こし、
絶妙な均衡によって保たれた自然の多様性が急激に損なわれつつある。
文明の恵沢は未だ公正に分配されておらず、
今、この瞬間にも世界のあらゆるところで苦しみを伴う益なき争いが続いている。
全国の同胞諸君。これは悲しいことではないか。
万物は宇宙開闢の初めより時空を越えて存在する一つの生命体であり、
地球上の如何なる悲しみも我ら全人類の共通の悲しみであって、
これに処することは、真理に目覚めた地球市民の崇高な責務である。
私は特定の宗教、宗派、政権、政党に与する者ではない。
平和を愛するただ一介の市民である。
しかし、名も無き一介の市民の中にこそ、
民主主義の理想を担い立つ崇高な使命があると私は信じる。
人類進歩のための重責を担うのは、私達自身である。
今こそ、我ら地球市民に課せられた久しき盟約を果たす時。
この歴史的偉業にこぞって参画し、民族や宗教を超えた平和社会を築くのは今である。
今や人類は、特定の神仏や超越者の名に拠ることなく、
科学的な推論によって異次元の存在を証明しつつある。
また、インターネット技術の出現によって、
より民主的で、より人道的な世界が築かれる新たな機会がもたらされている。
人類が夢見た永久平和を実現する日がいつか来るとするならば
それは、今である。
宇宙普遍の絶対正義と無限の愛を遍く広げ、
理想社会を実現するのは今である。
時は、まさに宇宙時代。
宇宙に冠たる地球文明を育むため、
民主主義の名に恥じない自由市民の育成を図ることは、天下の急務である。
志あらば集い来たれ。
全人類のために尽さんとする大いなる使命に喜びを得ながら、
全国から集い来る同胞諸氏に列して大いに問答し、
心一つに衆智を集め、麗しき貯徳の世を拓こうではないか。
炎々たる理想に燃え、一命を賭して世の魁星たらんとする我が志を諒として、
世の麒麟児諸君との麗しき共同を期待する。
Mar
01
2009
『力を尽くして狭き門よりはいれ』
石川県加賀市大聖寺、父の生家にかかる一筆の書が
この家に生まれ出づる全ての少年少女の胸に、穢れなき青雲の志を新たにします。
若き青春時代の父が、アンドレ・ジッドの『狭き門』より引いたこの言葉は、
原典をたどれば新約聖書に求められ、
世の魁星たらんとする我が一族のゆるがなき家訓として伝えられています。
狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その路は広く、之より入る者おほし。
命にいたる門は狭く、その路は細く、之を見出すもの少なし ―マタイ7:13
『力を尽くして狭き門よりはいれ』
今一度この一節を心に翻せば、
雨水、雪解けの水が累々と渓流をなし、
やがて巡りて大海に注ぐ様に似て麗しく
たとえ世の衆勢に抗しても、
今こそ自ら信じる天の大道を決然と歩みだす時と、
青雲の志を今一段と新たに致しました。
時まさに宇宙時代。
宇宙に冠たる地球文明を育むため、
民主主義の名に恥じない自由市民の育成を図ることは天下の急務であります。
世の魁星たらんとする
我が志を諒として
世の麒麟児諸君との麗しき共同を期待します。
Feb
06
2009
新幹線から車窓を眺めておりますと
早春の富士山がいつにも増して神々しい雄姿を現し、
宇宙時代の幕開けを祝福しているようでありました。
一方、時勢の展開は愈々急。
折から相継ぐ人員削減の影響でありませう。
遂に「お家」にも三千人削減のご沙汰があったようでありまして
社中の士気は甚だ混迷してゐる。
斯ういふ時に、些事小義に心乱すようでは立派な軍師稼業は出来ませんから、
ウォークマンを聴きながら、ちょいと小一時間ばかり散歩にでかけます。
聳え立つ金融街の摩天楼を漫然と眺めておりますと、
如何ともし難い天運の変わり目に地運の極まりをみる想いであります。
果たして内憂外患の積る江戸末期の幕臣達もこんな気分だったのではあるまいか。
この頃は時を超へて、ふと、さういふ想いがよぎりさへする。
安政年間における中流幕臣のブログなんてものがあれば読んでみたいものであります。
さて、喧騒のオフィス街もほんの二、三丁程で立春の春霞。
皇居大手門を抜けると紅梅、白梅がその美しさ競う盛りでありました。
誠に晴れがましい気分であります。
三の丸尚蔵館では、折り良く「三峰窯の思い出-宮様とやきもの」といふ展覧会がやっております。
三峰窯は、ご療養中の秩父宮雍仁親王殿下が御殿場御別邸から望む富士、箱根、愛鷹の三峰に因んで名づけられたとか。
いかにも雄大なる宮様の御心が偲ばれるではありませんか。
さて、ひとつ茶道でも始めてみようかしら。
その道に 入らんと思う心こそ 我身ながらの 師匠なりけれ 『利休百首』
茶器ひとつをみるにつけても憂国の想いにかられるものがありますなぁ。
麗しき時世時節の移ろいを嘆きつつ一句
キラキラと 斜陽を返す 摩天楼 健児
なーんちゃって。
Feb
05
2009
子曰わく、政を為すに徳を以ってすれば、譬えば北辰の其の所に居て、衆星のこれに共するがごとし
『論語巻第一為政第二一節』
ガリレオの望遠鏡観測から400年、
2009年は国際連合、ユネスコ、国際天文学連合によってと定められた世界天文年であります。
国立天文台のホームページでは日本時間4日01:50が立春とのこと。
宇宙時代の幕開けを僕はわくわくしながら待った。
これほど時めく天文イベントは1984年のハレー彗星以来かもしれない。
九歳だった。
目を閉じるとあの夜、
星空を仰ぎ見る父の輝く瞳、
『次に(ハレー彗星が)来る時は、私達はもうこの世には生きていないだろう。
この子達はまた見れるかもな。』 ・・・誰の声だろう・・・。
繋ぎ合わせることのできないいくつかの断片的な記憶が蘇る。
童心に帰る氣分だ。嗚呼、時の流れは言葉にならない。
心神妙に大宇宙の遙かな歴史に思いを馳せながら雄大な天を仰ぐと、
冒頭に引いた『論語巻第一為政第二』の一節が鮮烈に心に浮かび、大宇宙に天啓が轟くのを聴く。
時ならぬ時を知り、
声ならぬ声を聴く、
然る者ありて斯く語りき。
大地にたって見れば、
遥か東方の山々の頂を越えて、
神々しい日輪が炎々と燃え出づるのを見るであろう。
月面にたって見れば、
漆黒の宇宙空間の彼方に、
美しく青い星が昇り来るのを見るであろう。
ああ、そうか。それで分かった。
私たちは自分の視点によって世界を認識している。
月に立てば月を中心に宇宙を感じ(月読命)、
地球(建速須佐之男命)に立てば地球を中心に宇宙を感じ、
太陽(天照大神)に立てば太陽を中心に宇宙を感じる。
ゆえに自分を中心とした宇宙観(エゴ)と自分が中心でない宇宙観(エヴァ)が常に対峙している。
つまり二元論的に宇宙を認識している。
エゴでもない、エヴァでもない、時空の中心に立つ時、
自分が誰でもなく、何でもない心の統一を見る時、
天もなく、地もなく、天地を隔つ人もなく、
文もなく、理もなく、文理を隔つ法もなく、
私もなく、公もなく、公私を隔つ意もなく、
ただ永劫に回帰する時空の営みが超然と流れ行く様を感じる。
万物が一体の生命体として無限に広がりゆくのを感じる。
万物の造化は普く広がる無限の多様性、無限の愛。
そう、私たちは光だ。真善美の神々しい光だ。
宇宙万物、森羅万象は、全て必要で、必然で、完全で、
一切が大宇宙の意志に適っている。
自然、それこそが大宇宙無限の意志だ。
人間原理から宇宙原理へ
Feb
04
2009
この情報は私にとってどういう価値があるか。
それを知るのがリテラシーである。
Jan
27
2009
師弟朋友皆徳を以って交わる者なり。
挟(さしはさ)む所あるべからず。
吉田松陰『講孟箚記 安政三年五月』
Jan
27
2009
横綱・朝青龍が優勝したという。
昨夜のバスケットボールで大いにスポーツマンシップに感じるところがあり、
横綱の見事な復活劇に感動した。
スポーツは公正なる規律を遵守し、その規律の中で全力を尽くす。
怪我を顧みず自らを鼓舞して、精一杯戦う。
互いに好敵手として敬意を払い、切磋琢磨して心身を鍛う。
実に快濶であります。
民主主義精神もまた同じであります。
平等、公正、自由の基本原理の下、自由闊達大いに議論し、希望ある未来創造に、偉大なる歴史的偉業に、全市民がこぞって参加する。
これが正に自由市民の責務であり、喜びであります。
Jan
27
2009
昨年10月から中学時代の仲間達とバスケットボール部を結成し、月に2回程度練習をしてきた。
最初は人数も集まらずハーフコードで遊んでいる程度だったが、愈々昨日の練習からはオールコートで
俄然、スポーツらしくなってきた。
振り返ってみるとこの数年汗をかくまで本気になって体を動かしたことはあまりなかった。
強いて言えば四、五年前にやったスキーぐらいだろうか。
持久力も筋力も軟弱になっていて汗をかくまで走るまで思い切ることができなかった。
それでも猛き心を感じたのは久しぶりだ。
かねてからスポーツをするように父から勧められていたが、いまいちその意義が分からなかったが、実際に体を動かしてみてよく分かった。
健全な精神は健全な肉体に宿る。
心技体ともに研鑽せねばならない。